三浦市に伝わる芸能

三浦市は、古いものが自然な形で残っています。

 

 

                      

(解説は、三浦市HPから引用)

 

チャッキラコ

 

チャッキラコは、江戸時代上期に豊作・大漁祈願、豊作・大漁祝いを含めた祝福芸として誕生したといわれる。。小正月の行事として伝承され、大人の女性の唄に合わせて少女達が優雅に舞を披露する。舞扇と「チャッキラコ」と称する綾竹に鈴と飾りをつけた道具を使い分けて踊ります。踊りには「はついせ」「チャッキラコ」「二本踊り」「よささ節」「鎌倉節」「お伊勢参り」の6通りの舞がある。「ちゃっきらこ保存会」により継承され、三浦の伝統文化として子ども達が受け継いでいる。

ユネスコ無形文化遺産・国指定重要無形民俗文化財。

 

道寸祭り~笠懸

 

三浦一族終焉の地となった油壺、新井城での北条早雲との壮絶な攻防は三年にもわたり、落城の際、道寸と将校のほとんどが油壺湾に朽ち落ちたとされる悲話は、今も波静かな入江の佇まいの中にその面影を忍ばせてる。道寸祭りでは、三浦一族を偲ぶ供養祭とともに、三浦一族のお家芸として永く伝えられてきた「笠懸」が披露される。

笠懸~疾走する馬上から的に鏑矢(かぶらや)を放ち的を射る、日本の伝統的な騎射の技術・稽古・儀式・様式のこと。流鏑馬と比較して笠懸はより実戦的で標的も多彩であるため技術的な難易度が高いが、格式としては流鏑馬より略式となる。

面神楽

 

海南神社に伝わる「面神楽」は、毎年11月初めの申酉の両日、神社境内の神楽殿で奉納される。
演目には、海神に漁の安全や大漁祈願を願った「恵比寿の舞」や「浦島太郎」、世の中を平和にする泰平の舞を舞う「三人囃子」など漁業を中心に発展してきた三崎特有のものもあり見逃せない。

海南神社面神楽神楽師会により継承されている。三浦市指定重要無形民俗文化財。

いなりっこ

 

海南神社の神楽殿で行われるこどもの面神楽。

いなりっこは、農村の豊作祈願をする信仰の一つで稲荷講がなまった呼び名。

三崎の海南神社に納されている「面神楽」の影響を受けて、子ども達が面をつけての踊りや茶番劇を披露するようになったもの。

三浦いなりっこ保存会により保存継承されている。三浦市無形民俗文化財。

あめや踊り

 

あめや踊りは江戸時代の街頭の飴売りが人寄せのために歌舞を演じたのが始まりで、発祥の地も創始者も不明。この芸能の呼び方はさまざまで、千葉では「中山踊り」東京・埼玉では「万作踊り」「豊年万作踊り」が圧倒的に多い。明治から大正にかけて、飴与三(菊名)飴直(藤沢)飴平(戸塚)らが、戸塚、鎌倉、三浦にかけて飴を売りながら、村々の青年に教え、神社の祭礼に奉納されてきた。

 

 

三浦七福神

 

三浦市内に点在する五つの寺院と二つの神社。昭和40年に開かれ、昭和50年代からは都心からの参拝者も急増した。東京湾、相模湾が広がり、各寺社の参拝道や境内の山頂からはこれらの海を眺望することができる。最近は徒歩や自転車で参拝する人も多くなった。徒歩で巡れば24㎞。  はとバスツアーあり。

 

恵比須(円福寺)、大黒天(延寿寺)、毘沙門天(慈雲寺)、弁財天(海南神社)、

布袋尊(見桃寺)、寿老人(白髭神社)、福禄寿(妙音寺)